幼児期の教え

「三つ子の魂百まで」という言葉があります。

幼年期の私たちを取り巻く世間は、とても狭いものです。

一般的には、親、親戚、近所のおじさん、おばさん。

こんな程度です。

この方々、悪気はまったくないのですが、私たちにたくさんの刷り込みをしてくれます。

この中には、正しい教えもありますが、間違った教えも含まれています。

社会人となった私たちは、幼児期に刷り込まれた情報を頑なに信じ込み、それに支配されていることがあります。

例えば、「男」だから、「女」だから、~してはいけない。~しなければいけません。

私たちの脳は、かなり大着に出来ています。

とっさの判断を求められた時に、即座に行動しないといけない場合に、これらの情報は有効です。

論理的に物事を考えることなく、判断できれば、楽です。

この時、私たちは、刷り込み情報に支配されます。

親が言ったことなので、絶対に正しい。

大好きなおばあちゃんから聞かされた話だから、嘘は無い筈。

しかし、時には、こうした情報は、果たして正しいものなのか、冷静に検証してみる必要があります。

私の身に起きた出来事で説明いたします。

子供の頃、家族でスイカを食べていました。

(私)「この種、蒔いたら又、スイカ出来るよね!」

(親)「一度食卓に上がった野菜や果物からは、作物はできないのよ。」

私は、この事を大人になるまで、そういうものだと信じ込まされてきました。

悪意のある発言ではないと思いますが。。。

真実を知っている人からすれば、長い間、ずっと間違った知識を植え付けられていたわけです。

子供は、植物の種を植えて、その成長を観察する機会を失いました。

子供は、何気ない親の一言に長い間、支配されてきました。

本人が、一度そう信じたり、そういうものだと理解すると、脳は即断即決の為にこれまでの経験則から結果を出します。

自分にとって、疑問に感じたり、不本意に感じる出来事に対し、いつまでもこの呪縛に囚われていたとしたら。。。

本来、自分の為にあるべき人生が狭い視野でしか、味わうことができなくなってしまいます。

元来、疑問に思ったことは、自分で試したがる私は、こんなことをしたことがあります。

学校の教科書を何気なく足で踏みつけてしまった時、親から

(親)「教科書を足で踏むと、脚が曲がってしまうよ」

(私)・・・・・・・・。

私は、親がいない時、トイレに教科書を持ち込み、もしかしたら、脚が曲がってしまうことを恐れながら。。。

気が済むまで、教科書を足で踏みつけてみました。

そのようなことは、決して起きませんでした。

皆さんにも大なり小なり、悪気のない教えの中に、真実からかけ離れた、教えもあるんだということを、考えてみる必要があると思います。